「冷徹な殺人者」が取り仕切るソチ五輪=風刺作家バックリー氏

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Peter Oumanski

 「私は男の目を見つめた。(中略)彼の魂に触れることができた」。2001年6月、ウラジミール・プーチン大統領との会談を終えたジョージ・W・ブッシュ大統領がこのように発言したことはよく知られている。のちに国防長官としてブッシュ大統領とバラク・オバマ大統領に仕えたロバート・ゲーツ氏はロシアの絶対的指導者の魂について若干異なる印象を抱きながら政権を去った。ゲーツ氏は出版したばかりの回顧録「Duty(任務)」に、「冷徹な殺人者」の目だったと記している。

 この男こそ、今月7日のソチ五輪の開会式を仕切る人物である。報道を見る限り、関係者はプーチン氏の中に「冷徹な殺人者」を垣間見たのではないか。記念日好きなら、1990年2月7日がソ連共産党が一党独裁を放棄した日であることを覚えておくことだ。外見が変わっても中味は変わらないものなのだ。

ソチ五輪に向けた4カ月にわたる聖火リレーの様子

 五輪を開催するだけでも大仕事だが、亜熱帯で冬季五輪を開くとなればなおさらだ。グーグルで「冬季五輪」と「ヤシの木」を一緒に検索してヒットするのはイタリアのトリノ五輪と今年のソチ五輪の2回しかない。それに、全部が全部そうではないにしても、多くの場合、五輪には遅れと予算超過がつきものである。

 ソチ五輪の予算は当初、約120億ドル(約1兆2200億円)が計上されていたが、実際には510億ドルにまで膨れ上がった。これがロシアである。「ロシア」と「汚職」と打ち込んでグーグルで検索したら、パソコンのハードドライブが溶けてしまうかもしれない。510億ドルの予算のうち、3分の1がオリガルヒ(新興財閥)の旅費や経費に回されたと推定されている。確かに510億ドルは大金だ。だが、JPモルガンは米証券取引委員会(SEC)に罰金として1週間でそれくらいは支払っている。そんな米国人が誰を裁けるのだろう。

 裁くのはプーチン大統領だ。五輪開催が決まってから、コーカサス地方にロシア式の巨大都市圏を建設するための工事が休みなく続いた。その間、プーチン氏は工事の進み具合を確認するために時々現場に立ち寄った。

 自分がプロジェクトの責任者だと想像してみてほしい。クリスピー・クリームのドーナッツとボリショイ・アイス・ドームの設計図から顔を上げたら、理屈屋のターミネーター(ロシアの報道機関の誰かがプーチン氏をこう呼んでいた)が目の前に立っているのだ。ドームの予算の3分の1をチューリッヒにある自分の銀行口座に送金するのに忙しくて、工期に遅れが出ているとしたら…。なんということだ!(そんなときにあなたの口から出てきそうな言葉は他にあるが、ここには書けない)。

 こうした様子が報道されると、自分がチーム・プーチンの一員でなくてよかったと思う。プーチン氏が現場を訪れるのは演出で、国営テレビ、つまりプーチン氏がまだ閉鎖を命じていないテレビ局がその様子を取材する。大統領は満足できるレベルまで工事を進めることができなかった責任者に不満をぶつけると、ゴッドファーザーを彷彿とさせる口調で、自分を失望させたらどうなるかを張本人に忠告する、と報道機関に伝える。

 スキーのジャンプ台の建設が遅れ、予算も超過していることが判明すると、プーチン大統領はロシア五輪委員会のアフメド・ビラロフ副会長を公然と批判し、その後、解任した。まもなくロシアを離れたビラロフ氏は医師による検査の結果、体内から高濃度のヒ素とモリブデンが検出されたと発表した。しかし、犯人を名指しすることはなかった。

 プーチン氏は多くをソチにつぎ込んだ。つぎ込んだのは資金だけではない。ソチ五輪をきっかけにソ連時代の大型プロジェクトが復活した。共産主義者が好んで建設した巨大な水力発電所を覚えているだろうか。ソチは共産党時代のプロジェクトをしのぐ大型プロジェクトなのだ。しかも、街中に大統領の名前が刻まれている。いつかソチがプーチングラードと呼ばれるようになるのもありえない話ではない。

 準備が全てうまくいったとしても、安泰とはかぎらない。ヤシの木が立ち並ぶ海岸で冬季五輪を開催するだけでも容易ではないが、長く続いた内戦の中心に近い場所で五輪を開催するのも難しい仕事である。背後では、ひどく機嫌の悪いチェチェン過激派のドク・ウマロフ氏(クレムリンでは「ロシアのビンラディン」と呼ばれている)が仲間のイスラム主義勢力に流血惨事を引き起こすよう呼び掛けている。

 ウマロフ氏には、ソチ五輪が「われわれの先祖の骨の上で悪魔の踊り」を踊るようものだ、という不満がある。34人が死亡したボルゴグラードの連続爆発事件はウマロフ氏が本気であることを証明している。しかし、ウマロフ氏が目的を果たすにはプーチン大統領が誇示する鉄壁の警備を突破しなければならない。厳重な警備を敷けるのは絶対主義的独裁国家が主催する五輪の一つの利点だろう。

 米国の正副大統領は五輪には参加しない。プーチン大統領が米国家安全保障局(NSA)の契約社員だったエドワード・スノーデン氏をかくまっているからだ。さらにプーチン大統領の同性愛者嫌いに対抗して、米国はビリー・ジーン・キング氏ら同性愛者である著名選手を含む代表団をソチに送り込む。プーチン大統領はどう反撃するのだろう。大統領用の観覧席でスノーデン氏を膝に乗せてあやしながら、「お前の国の同性愛者の選手と面会するし、無期限のビザと機密ファイルを持つお前を育てるよ」とでも言うのだろうか。

 五輪そのものも忘れてはいけない。スキーのジャンプ台のてっぺんから撮影された映像を見ると、たとえ自宅のソファーに寝そべってドリトスをつまんだり冷たいビールをがぶ飲みしたりしていても、必ず「信じられない」と言いたくなる。今年は初めて女性がジャンプ台を飛ぶ。他にも11の競技が新たに五輪種目に採用された。スキーのハーフパイプやスノーボードのスロープスタイルなど、その多くがエックスゲームズ(米国で開催されているエクストリームスポーツの大会)の世界から進化した、アクロバットのような命知らずの競技だ。スノーボード界のキアヌ・リーブス、ショーン・ホワイト氏は最新の空中技「フロントサイド・ダブルコーク1400」を披露する予定だ。

 時速90マイル(144キロメートル)を超えるスピードで凍ったコースを滑走するボブスレーの選手たちをわくわくしながら見るのも楽しみだ。ヘミングウェイは真のスポーツは自動車レース、登山、闘牛の3つしかないと言った。どれもが命がけだからだ。彼が今、こうした勇敢な若い男女の姿を見たら真のスポーツとして認めたくなるかもしれない。

 (バックリー氏のエッセイ集「But Enough About You(あなたの話はもう十分)」は5月にサイモン・アンド・シュスターから刊行される)

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