本年度のエミー賞で "透けて"見えた「現在」、そして"確かな"未来への「希望」。~前編~

IT'S GONNA BE MAGICAL"。

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魔法のようなショウになる
というコピーで各エンターテインメント誌に宣伝されていた第67回プライムタイム・エミー賞。その言葉通り、今年もいくつもの感動的な瞬間を、テレビ界最高峰の授賞式は生み出した。

昨年に引き続き、今年もこの華やかな場に出席させていただいたことで、肌で感じた興奮といくつかの注目すべき点を、その熱が冷めないうちに書き留めておきたい。

第67回エミー賞授賞式 結果一覧はこちらから

まず、
脚本とキャスティングの重要さ

と言っても、ドラマやコメディの、という話ではない。
授賞式そのものの、"脚本とキャスティング"の話である。普通に観ているとあまり気づかないことだが、米国の業界のこの種のセレモニーは盛大なものであればあるほど、式の脚本がとてつもなく緻密に練られている。

晴れの舞台に大抜擢される司会者は、コメディ畑出身の人材であることが多い。特に、キャリアをスタンダップ・コメディからスタートしているようなタレントたちは、Live Audience(生の舞台の観客)に向けた話術に圧倒的に長けている。客を笑わすためのネタを常に練っている職人たちだと言ってもいいだろう。

今年の米国FOXテレビでの生中継の授賞式に起用されたのは、伝説のコメディ番組サタデー・ナイト・ライヴ(NBC)出身の若手で、現在はFOXで『Brooklyn Nine-Nine』という刑事モノのコメディ・シリーズで主演を務めている、アンディ・サンバーグだ。

ライヴに強い彼は、さすがに落ち着いていた。 あれだけの重責である進行役なのに、まるで楽しくやってのけているように、生き生きと見せる能力は素晴らしい。

しかし、これらの式の司会者を支えている真骨頂と言えるのは、その度胸だけでなく、脚本の構築力である。司会者(コメディアンの場合)が日頃からチームを組んでいる脚本家たちと、授賞式中継の演出側の脚本家たちが総力を結集して創り上げた本番用の台本に沿って、ショウは完璧な形で進行される。

基本的には、式の中で語られるすべての言葉の中で、"台本"が存在しないのは、「受賞者たちのスピーチ」と「司会者のアドリブ」そして「(一部、自由が与えられているであろう)プレゼンターたちのアドリブ」の瞬間だけだ。

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司会者は、披露するジョークを事前に身に馴染ませておき、リラックスしてお喋りしているかのように進行役を演じきる。もちろん、すべてを一字一句を正確に暗記しているわけではなく、補助としてステージに向かって前方正面に設置してあるテレ・プロンプターから流れる文字情報やセリフも読み上げている。
(※特に、作品名やノミネート者の名前は間違えてはいけないので、司会者もプレゼンターたちもしっかりとこのプロンプターの力を借りている)

この「完璧さ、徹底した準備」が土台に在ることで、観客も視聴者も安心して式の展開を楽しむことができる。

今年アンディは、HBOなどのプレミアム・ペイチャンネルの強さについてや、ハリウッドにおける根強い人種差別や性別差別や年齢差別などについて、決して強烈な不快感を与えない程度に次々とジョークで言及し、笑いを生み出していった。
また、彼は言葉を巧みに操り、「凝った替え歌ネタ」と 「事前に撮影された短編クリップ("Pre-Taped Videos"などと呼ばれる)」を作る力量に定評があり、その面白さは授賞式のオープニングナンバーや、式の途中の『マッドメン』(AMC)のパロディー映像などに期待通りに発揮された。

オープニングナンバーのクリップの映像そのものの質も高く、ジョン・ハム(『マッドメン』)、ケリー・ワシントン(『スキャンダル』ABC)、ボブ・オデンカーク(『ベター・コール・ソウル』AMC)などが登場するキャスティングも魅力満点で、他のテレビ局の名物番組がこの式典に惜しみなく協力していることが伺える。一瞬だが、自虐的なギャグのために『キャッスル』(ABC)のネイサン・フィリオンが登場した時には会場の笑いは大いに盛り上がった。

一つの笑いを生み、視聴者や出席者を楽しませるためのキャスティングと、そのアイデアに応えたネイサンと『キャッスル』関係者の心意気が僕は素晴らしいと思う。
(※ この映像はYOUTUBEなどでも観れるので是非ご覧頂きたい)。

もうひとつ、"司会者"という話題で触れておきたいのが、「バラエティ部門」で何度となく喝采を浴びたジョン・スチュワートの存在だ。米国のバラエティ番組は日本ではほとんど放送されることはないので、馴染みは薄いだろうが、米国内では彼を知らない人はいないと言っていい。コメディ・セントラルという人気局で『THE DAILY SHOW』というニュース風刺コメディ番組で毎日の出来事を笑いに変えてきた有名司会者である。

16年間、出演し続けてきた彼が、今年でこの番組との契約を終了した。受賞の際の彼への熱い称賛は、常に政治的な話題に鋭く迫ってきたその姿勢と、長年にわたり笑いを提供してくれたことに対する、全テレビ関係者からの敬意と感謝の表れなのである。

米国の夜に各局が競って放送するトーク・バラエティー番組(あるいは風刺ニュース番組)の見事な点は、旬のゲストを短いコーナーで招きはするものの、他にコメンテーターやアシスタントも並べずに、たった一人の話術で1時間前後の放送時間をこなしていることだ。
番組の冒頭には約10分くらい続く、笑いを随所に散りばめたモノローグ(独り語り)がどの番組にもある。

THE DAILY SHOW』のジョン・スチュアートや、昼間の大人気トーク番組『ellen ザ・エレン・デジェネレス・ショー』(NBC)の名司会エレンらが過去にアカデミー賞のホストとして起用されてきたことも、セス・マイヤーズジミー・ファロンといった同じく夜のトーク・バラエティ番組の司会者たちが次々とエミー賞の司会を務めてきたことも、その笑い作りと生放送の観客への耐久性という、裏打ちされた能力があってこその人選なのだ。

ちなみに、本年度のバラエティシリーズの脚本賞を『THE DAILY SHOW』が受賞した際に、いったい何人がステージに上がったか? ジョン自身を入れて、なんと15名!!! 一つのニュース風刺コメディの番組にどれだけの脚本家の頭脳を結集しているかがよくわかる。

時代を映し、斬り込み、世相をも変える、クリエーターたちの志

例えばこの何年間かのドラマでは、『マッドメン』(AMC)が広告業界、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(NETFLIX)が政界、そして今年の主演女優のタラジ・P・ヘンソンのノミネートでも注目された『エンパイア 成功の代償』(FOX)が音楽業界...といったように業界の裏側に渦巻く、野心や陰謀、偏見や愛憎、成功や挫折を描いてきたことは、海外ドラマのファンの皆さんならよくご存知だろう。

何世代にもわたって人気を誇る警察系シリーズドラマや、近年急激に数が増えているヒーロー・ドラマだけでなく、上記に挙げたような業界の内幕をドラマチックに描くような作品製作はハリウッドの得意とするところだと言っていい。

一方、コメディの世界でも、"内幕モノ"は人気がある。
今回のエミー賞でも注目度の高かったジュリア・ルイス=ドレイファス主演の『VEEP』(HBO:作品/脚本/主演女優/助演男優などの部門で受賞)が、女性副大統領と彼女の補佐チームの奮闘を描いたものであり、また対抗馬のエイミー・ポーラー主演の『Parks and Recreation』(NBC)も地方行政の小役人が出世していく姿を面白おかしく見せるという、やはり通常はなかなか知り得ない政治の内側を、現実の出来事などをモチーフに取り入れながら創作している。『VEEP』と同じHBOが放送している『Silicon Valley』も、IT業界を舞台に、優れたアプリを開発したことから頭角を現していく若き起業家たちの生き様を笑いに仕立てている。

特に、過去5年間、コメディー部門の作品賞を独占してきた『モダン・ファミリー』(ABC)の連覇についに終止符を打った『VEEP』の作風は見事で、驚くほどのセリフの量が劇中で飛び交い、それらを絶妙なタイミングで繰り出しては受けとめる俳優たちのやりとりは抱腹絶倒だ。それが政治劇という容易でない設定なだけに、本当に舌を巻く。授賞式でも受賞スピーチで必ず何かひと工夫して笑わせてくれる、コメディ・シリーズ主演女優賞4連覇を果たした主役ジュリアの技量には、誰もが納得するしかないだろう。

これほど優秀な作品が、まだ日本で放送や発売がされていないことが不思議でならないが、彼女のコメディエンヌとしての圧巻の演技を堪能できるこの番組が日本に上陸する日もそう遠くはないはずだ。

もう1作品、本年度のノミネート作品群の中で輝きを放っていたのが『Transparent』。
老年となり仕事をリタイアした後に、実は自分は外見と身体は男性でも、心は女性なのだ、本当の自分として生きていきたい...とカミングアウトする父親、そしてその子供たちを取り巻く群像を描くコメディーシリーズだ。オンライン通販で知られる大手のAmazonのスタジオ部門がオリジナルのコンテンツを製作し、同サイトで番組を購入できる形をとり、NETFLIXに続き「ネット配信」のコメディやドラマ作品の台頭を強く印象づけた。

"transparent"という言葉の元々の意味は「透明な、透き通る、明白な」という意味だが、この単語をタイトルにしたことで、男性から女性へとジェンダーを換える(transgender)や、人生の変化(life transition)や、親(parent)をかけた語呂合わせとして映る。とてもキャッチーで、一目で覚えてしまう、非常に賢いネーミングだ。

すでに大人に育っている自分の子供たちに、カミングアウトできない父の切ない様子や、それぞれが性や人間関係に問題を抱える子供たちの葛藤が、まさに"明け透け"に、赤裸々に描写され、俳優たちの大胆ながらも自然でリアルな演じぶりが好感を呼んだ。

コメディ部門の主演男優賞を獲得したジェフリー・タンバー
「この賞と演技を、トランスジェンダーの皆さんのコミュニティーに捧げます。あなた方の、忍耐、勇気、物語、インスピレーション、そして "変化"の一翼を我々に担わせてくれてありがとう」
と壇上で語った時には大きな拍手が湧き起こった。

人々が過去には明かせなかった胸の内や生き方を、素晴らしい作品の中で繊細に描写することで、社会の理解を得て、時代を、世論を、変えていくことができる、『Transparent』はそういう大切な役割りを担った一作となった。同作は、監督とゲスト男優部門でも受賞を果たしている。

近年、日本でもよく語られる、
「ハリウッドは、今やアイデアが不足し、続編や、ヒーローものや、CGによるアクションや爆発ばかりが描かれ、大味な大作頼みになっている」
という見方があるが、それは決して正確な分析だとは言えない。

大抵日本の市場には、売れ行きを考慮し、知名度を最優先したハリウッド製の作品が届く傾向にあり、真に優れたクリエーターたちの志や、秀逸な脚本や演出が観られるシリーズやエピソードが沢山あることがまだまだ知られていないのだ。

しかしこれから先は、ネット配信という手軽な形で、観てみたい番組を好きな時間に観ることができ、しかも幅広い作品の選択肢が急ピッチで広がっていくだろう。そういう未来がすぐそこにあり、日本国内の視聴スタイルにも「変化」を起こしていくはずである。

               ~ 後編につづく~

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(写真・取材・文: 尾崎英二郎) 

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ライタープロフィール

尾崎英二郎
尾崎英二郎

リアリズムを追求する米国の演技手法を日本で学び、NHK『あぐり』でTVデビュー。

99年のNYオフ・ブロードウェイ公演『ザ・ウインズ・オブ・ゴッド』で現地メディア批評家に演技を称賛され、その後アメリカの映画/TV業界を目指す。03年、侍のアクションメンバーとして出演した『ラストサムライ』をきっかけに人脈を広げた。

06年に主要キャストとして日本から抜擢された『硫黄島からの手紙』でハリウッドへの扉をこじ開け、ついに念願の本格渡米を実現。

米TVシリーズ『TOUCH/タッチ』『フラッシュフォワード』『HEROES/ヒーローズ』など、自らの出演体験をもとに、ハリウッドのシステムの凄みを伝える。

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