2011年8月6日。私は、休暇でパリにいました。パリは燃えているか? いえ、そのとき燃えていたのは、私の住む街ロンドンでした。
警官の黒人男性射殺事件に抗議するデモから派生した暴動は、瞬く間にロンドン市内、そしてイギリス全土に広がりました。暴徒と化した輩(やから)が、略奪、放火、暴行を繰り返し、5人の尊い命が失われました。
イギリスでの暴動自体は、さほど目新しいものではありません。記憶に新しいものを挙げると、今年3月に起きた政府の歳出削減案に反対する暴動でしょうか。ただ、今回の暴動は明らかに異質でした。
若年層が暴徒の大部分を成したこともあり、ある人は政府の削減政策で若者向け施設が閉鎖された結果だと、ある人は経済の閉塞(へいそく)感による絶望と怒りのせいだといいます。ある人は教育制度のゆがみだと、ある人は移民のうっぷん晴らしだといいます。
例え、どのような背景があったにしろ、私はこの暴徒たちに何の共感も覚えません。暴徒に移民が多く見られたようですが、被害者にも移民が多数います。バーミンガムで自警団を結成し、パトロールしていたパキスタン系の若者3人は、暴徒にひき殺されました。襲われた家族経営の店のほとんどは、移民がオーナーです。同じような弱い立場にいながら、さらに弱い者を虐げる。そんな人間が、予想以上にたくさんいたということでしょうか。
貧しさとて、何の理由にもなりません。私は、イギリスに亡命してきた人を何人も見ました。本国で、かつてどんなに富裕層であっても、黙々とイギリス社会の底辺で働き、家族に仕送りをする姿を。政府からの援助で生活し、公営住宅に無料で住むような暴徒たちに絶望や虚無感を語る資格など、私は認めません。
イギリス人の多くは、この暴動に心を痛めています。ボランティア清掃隊として、町や店の復興に尽力する人は後を絶たず、被害に遭った店のオーナー宛てに、多額の寄付が集まっています。この国は、まだ大丈夫かもしれません。バーミンガムで息子を殺された父親が、直後に暴徒に向けてはなった言葉。彼の寛容さと気高さに、全ての暴徒たちが目を覚ますことを祈って。「俺は誰も責めない。だからおまえたち、もう、落ち着いて、家に帰れ」
(高松市出身、主婦 ウァーサイム直子)